かつての支配者だった東泉院の力と意図を感じた世界遺産センター館内講座「富士山に帰るかぐや姫 伝説と史跡」

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 今日は、16日(日)に県富士山世界遺産センターで聴講した館内講座「富士山に帰るかぐや姫 伝説と史跡」の話。

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 これは「富士山世界遺産センター」と「富士山かくや姫ミュージアム」(富士市立博物館)の共同企画展として開催された。

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 定員30人のところに立ち見も入れて65人もの皆さんが集まった。

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 講師は、富士山かぐや姫ミュージア学芸員の秋山裕貴氏。

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 彼は小学生の頃、私の息子達とともに同じ道場で剣道をやっていて、その後、学芸員として富士市に入庁し活躍しており、私も「子供の頃の縁」を伝に、いろいろ教えてもらっている。

 そんな彼の講演では、まずは古典の「竹取物語」。

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 かぐや姫は月に帰り、月に最も近い高い山で不死の薬を焼く(富士山)。

 富士山南麓に伝わる「竹取物語」。

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 かぐや姫は富士山に帰り、富士山の神様だった。

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 この話は、この地域に多く残されている「富士山縁起」に書かれている。

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 中でも現在の「潤井川」(うるいがわ)は、かぐや姫と地元の皆さんが別れを憂いて涙を流した場所なので「憂涙川」(うるいがわ)という話は初めて知った。

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 また、富士市・富士宮市に残る「かぐや姫」にちなんだ地名(字名)や、「下方五社」に伝わるかぐや姫伝説との関連も興味深い話だった。

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 そんな話を聴いている内に、「じゃあ、誰が、何の目的でこの地域の『竹取物語』を書いた?広めた?のだろうか?」と疑問が湧いた。

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 私が思ったのは、「下方五社を通じて富士市を当時支配していた『東泉院』の関係者」だ。

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 書いたのは時代を確認すると違うかもしれないが、下方五社にかぐや姫と関連する言い伝えを持たせ、地名(字名)にも残すことで、ストーリーをこの地域に根付かせ、より地域の一体性を高める=支配しやすくしたのでは?

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 どうだろうか?

 そんな楽しい空想?を抱かせる興味深い1時間だった。


by koike473 | 2019-06-21 06:33 | Trackback | Comments(0)  

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