大和ミュージアム
2009年 08月 20日

今日は、写真左側の「大和ミュージアム」。
大和ミュージアムは、正式には「呉市海事歴史科学館」と言う。
4年前の5月にオープンしたが、今年7月には来館500万人に達し、年間100万人以上が訪れる人気の施設だ。

私も、戦艦「大和」の1/10の模型があるということは知っていたが、こんなに大勢の人が訪れる施設とは思わなかった。

1/10の模型と言っても全長26.3mあり、大和は大きい。


大和は、呉の造船所で当時の技術の粋を集めて造られた。だが戦争末期は既に航空機による戦闘が中心となっており、ほとんど活躍することなく、米軍の猛攻を受け、乗組員の大半が戦死し、沈没してしまった。
しかし、その技術や工程管理等が、日本の戦後の産業復興、そして工業大国になる大きな礎になったということは、何と言う皮肉なことだろう。

甲板には、乗組員の人形が乗っている。船の大きさがよくわかる。

隣の部屋では、ゼロ戦や潜水艦、そして人間魚雷「回天」が置かれている。

「回天」に乗り込んだ慶応大学卒業生の最後の言葉が、本人の音声で流れていてせつなくなる。(この方の実家は、東京銀座で大きな店をやっており、出征時に密かに録音したものが残されていたとのことだ)
そして、大和の模型以上に多くの人が集まっていたのが、「呉の歴史展示室」だ。

明治時代から東洋一の軍港として栄えた呉の歴史、史上最大最強の戦艦「大和」の建造計画や技術、大和の運命、沖縄特攻に向かった乗組員の遺書や遺品、呉の空襲、戦後世界的な造船の街として発展した様子などが、写真や映像、資料などで解説されている。

このコーナーだけでもじっくり見学すると半日かかりそうだ。
この大和ミュージアム建設にあたっては、様々な議論があったようだ。
しかし、呉の歴史や遺品などを、たんたんと展示・説明するだけだが、それだけで「戦争の悲惨さ」は見学する人に「ズシリ」と伝わってくる。

ミュージアム前に展示されている戦艦「陸奥」(?)の本物のスクリューと方向舵
修学旅行生の平和学習の場として活用されているというのも納得する。
次に呉に行った時には、もっとじっくり見学してみたい。
by koike473 | 2009-08-20 01:52 | 海上自衛隊 | Trackback | Comments(2)