再びエントツ!? 産業観光まちづくり講演会
2009年 04月 16日

テーマは「富士山を生かした産業観光まちづくり」だ。
講師は、「産業観光」という概念を日本に紹介した第一人者であるJR東海元社長、現在は同社相談役の須田 寛氏だ。

冒頭の自己紹介と、その後の少しの話を聞いて、「なんて頭がよくて、配慮する人なんだろう」と思った。

須田氏は、旧国鉄に入社した当初、沼津機関区に2年間いたそうだ。
その頃の、毘沙門さんの賑わいと、それに多くのお客さんが列車で訪れ、鈴川駅(現・吉原駅)で降り、臨時改札と臨時踏切を設けて誘導した話。その後1年、沼津から静岡に通った際に見た車中からの美しい富士山の話など、富士市内の細かな地名を交え、つい昨日のことのように話された。
昭和6年生まれだから、今年で78歳の方だ。
自分が静岡や富士市に縁があることをさりげなく話し、聴衆を引き付けるとともに、安心感を与えるのはすごい、とまず思った。

今日は、開演ギリギリに入り、結構後ろの席だったので、モニターはありがたかった。
「産業観光」については、それぞれの地域を「営み」という視点から見れば全て産業観光資源を持っていると言う。
例えば、「海」を通常の観光の見方からすれば、海の景色や海水浴程度に留まる。
しかし、「営み」という見方をすれば漁業があり、交通運輸業・・・海運やクルーズという見方もできる。
私は、須田氏がリーダーとなり取り組んでいる愛知県の「産業観光」が、自動車、陶器、繊維等の最終製品の製造過程を見せたり、博物館で展示しているような、かなり狭い意味での「産業観光」を言っているというイメージを持っていたので、今日話された「産業観光」の幅の広さにちょっと驚いた。

須田氏が書いた「新産業観光」。非常勤講師を務める大学のテキストとして書いたそうだ(全くの自費出版だそうだ)。今日は参加者にそれぞれプレゼント。
また須田氏は、富士市の可能性として、エントツを前景とした富士山の景観が大きな売りになると話した。
エントツは、既に産業遺産、歴史遺産になりつつあると言う。最先端の工場ではエントツを必要としない工場が増えており、これだけの数のエントツがある景観は他にはない。
決して富士山の景観を低下させる存在ではなく、「富士山と工場」の景観は、戦後の日本の象徴的な景観であり、それをもっと売り出すべきだ。よそ者の自分はそう思うと言う。
20年近く前に、富士市が取り組んだユニークな「エントツを活かしたまちづくり」。今日の話を聞いて、改めて見直してみる価値があるのではと思った。

1990~94年の富士市の「エントツ」への取組みを踏まえ、まとめられた「エントツ整備ガイドブック」
それにしても、さまざまな分野の皆さんが聴衆として集まったのに、講演を聞いて、即解散はもったいない。
私を含め、講演会への参加者は「こんなのはどうかな?」、「エントツだったらこうだよ」といろいろ考えが浮かんだはずだ。
講演の後の交流会や、そこでの意見交換から出てくる新たな観光交流商品づくりに狙いを置いて開催すべきチャレンジミーティングでなくては、せっかくの講演が活かせない!
by koike473 | 2009-04-16 23:49 | 観光・シティプロモーション | Trackback | Comments(0)