戦没者追悼式

 今日は終戦記念日。ロゼシアターの中ホールで開催された「富士市戦没者追悼式」に出席した。
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 11:50に開会し、東京・武道館で開かれている「全国戦没者追悼式」の実況放送で安倍首相の式辞などを聴きながら式は進んだ。
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 行政、議員以外の出席者は、遺族会の皆さんが大半だ。
 戦争を体験していない私は、「遺族会」と聞くと、戦争より、昭和46年に岩手県雫石で起きた全日空機の墜落事故を思い出す。やはり夏の暑い日、富士市の遺族会の皆さんが100人以上飛行機に乗っていて死亡した。私は叔父や叔母など、親戚5人が亡くなった。中学1年生の出来事だったが、市営野球場(現在のJA本店)で行われた合同慰霊祭で、並んでいたたくさんの遺影と、多くの人が泣いていた姿は忘れられない。
 こんなことを考えながら、自分を含め、「戦争の悲惨さと平和の大事さ」を「体感」している人がどんどん少なくなっていることを改めて感じた。
 私は昭和33年生まれだが、子供の頃戦争中だった父や母、あるいは軍隊に行った祖父や義父(妻の父)など、直接戦争を経験した人たちから話を聞いているので、おぼろげながらでもイメージできる。
 しかし、これからは私達の子供、孫の世代となるとどこまで伝えられるか?遺族会の皆さんも高齢化するばかりだ。

 そんなことを思いながら追悼式を終え、帰りに1階で開かれていた「2007 平和のための富士戦争展」に入った。
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 沖縄戦や長崎・広島の原爆、宮下地区(富士市)に造られた飛行場の資料や写真、証言記録などが展示されていた。読むとあまりのむごさに息が止まる。
 会場では、かつて戦争に行ったお年寄りらしき方々が入場者に、その悲惨さを語り説明されていた。また、多くの高校生がボランティアで受付や会場説明などを行っていた。
 追悼式で感じた懸念は少しやわらいだが、重い気持ちと、自分はどうしたらいいのだろう?という解決策が見つからない不安いっぱいでロゼを出た。

# by koike473 | 2007-08-15 23:33 | 市内外のイベント・行事 | Trackback | Comments(0)  

まちの駅「文化の始発駅」

 12日の午後は、まちの駅「洋菓子の駅」の後、まちの駅「文化の始発駅」(ロゼシアター)に向かった。
 ロゼシアターが「まちの駅」になっているのを知らない人も多いが、「文化・芸術との出逢いの空間」をコンセプトにした、建物だけでなく、その役割も立派に果たそうとする富士市の「文化の始発駅」を目指している。
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 10日から12日まで、1階のロビーで「トレイン・フェスタ/鉄道模型」が開かれていた。その最終日、そろそろ片付けが始まる時間にあわてて飛び込んだが、会場は、まだまだ大盛況だった。
 
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 ロゼも「まちの駅」だが、このトレイン・フェスタの運営メンバーとして、鉄道マニアでもあるまちの駅「憩いの茶の間」(お茶の山大園)の駅長・渡辺さんが関わっている。
 「Nゲージ」などの鉄道模型には、子供たちがかぶりつきで群がっている。どの模型も精巧にできていて、子供たちは、列車の中の客席まで見ようと目を凝らしている。
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 会場には、富士市が導入を目指しているDMV(デュアル・モード・ヴィーグル)の説明ボードも展示されていた。
 この子供たちが成人する頃には、街中をDMVが走り、ロゼシアターには市内どこからでも、バスやDMVなどの公共交通機関か、自転車で安全に来れるようにしなければ。

# by koike473 | 2007-08-14 20:54 | まちの駅 | Trackback | Comments(0)  

まちの駅「洋菓子の駅」

 12日は、午前中ジュニアゲートボール大会に出かけ、午後は2つの「まちの駅」に出かけた。
最初は「洋菓子の駅」(洋菓子の家MIMI‐本店)だ。
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 この日は、「極上手もみ茶&洋菓子のコラボレーション」と題し、店内のまちの駅コーナーでお茶の手もみ実演会が開かれた。
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 市内中里で茶園「山平園」を営む平柳さんが極上の茶葉をもみ、「まちの駅」の駅長であり、日本茶インストラクターでもある牧田さんが、お茶を入れ、MIMI‐さんの本日限りのおいしいお菓子とともにいただくという豪華なコラボレーションだ。
 10:00から手もみを始め、私が伺った13:00頃は、まだ途中段階で、見た目にはお茶は「海草」のようだ。しかし、コーナー一杯にお茶のいい香りが漂っており、ワクワクする。
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 牧田さんのご配慮で、事前にそろえていただいた「極上茶」(100gで数万円)3煎とケーキをいただいた。
 1煎目は、甘くお茶の濃いうま味が口中に広がる。家では決して飲めないお茶だ。2煎目、3煎目は、苦味、渋味も楽しめる。その後は、出がらしの茶葉と塩コンブを混ぜ合わせた「お茶うけ」を食べる。これがまたうまい。あったかいご飯に乗せて食べたらいくらでも、という感じだ。
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極上茶の1煎目

 そして、この極上のお茶を飲みながら、牧田さんのお父さんが、前の晩遅くまで考え抜いてつくったケーキをいただいた。クリーム状のケーキを薄くスライスしたモモで覆い、更にムースソースにからめていただく。ソースをからめるので、持ち帰りはできない作品だそうだ。

 私は、次の予定もあったのでバタバタといただいたが、極上のお茶とケーキで、極上の時間を過ごした。
 牧田さんの広いネットワークあってのことだが、「まちの駅」ならではの、業種を越えた楽しく新しい可能性を見せてくれる取り組みだ。

# by koike473 | 2007-08-13 23:42 | まちの駅 | Trackback | Comments(0)  

ジュニアゲートボール大会

 今日(12日)は、ゲートボールのジュニア大会が大渕公園で開かれた。私は、本年度から富士市ゲートボール協会の相談役にさせていただいたこともあり、開会式前から会場に出かけた。
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 母が長年ゲートボールをやっており、暇さえあればほぼ毎日、練習や大会に出かけるのを見送ってはいるが、私自身は、初めてじっくりゲートボールを見た。
 そして今日の大会は、小中学生の大会なのである。ゲートボールと聞くと、「なんだ年寄りの楽しみか」と思いがちだが、今日の参加チームだけでも、小学校15校、中学校1校もある。また、ジュニア(小中高校)の全国大会も開かれており、富士市からは毎年県予選を勝ち抜き、全国大会に出場し、過去2回、3位になったことがあるそうだ。
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 開会式の中で行われた「始球式」では、来賓6名が、幅1mほどの巨大なゲートめがけ、5mほどの距離を打った。初めてスティックを握る私は、しっかりと打てず、ただ一人超カンタンなゲートを通すことができなかった。と言うより、ゲートまで玉が届かず、始球式にならなかった。
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 試合を見ていると、さながら「ゲートボールというゲームを通じた世代交流大会」だ。単に玉を打つだけでなく、作戦もいろいろあるようで、普段はご自身が選手である高齢の皆さんが監督や審判を務め、子供たちに作戦を授けたり、判定を下す。また子供たちの父兄は、応援に一生懸命で、多くの世代のそれぞれが主役になっていた。

 母を見ていると、ゲートボールを楽しんでいるおかげで生活に張りを持ち、健康に暮らしていられるのだと思う。
 どこでも、誰とでもできる「生涯スポーツ」を日常的に楽しめるような公園や広場の整備がまだまだ必要だ。

# by koike473 | 2007-08-13 00:37 | 市内外のイベント・行事 | Trackback | Comments(0)  

富士吉田のうどんと恩賜林組合の洋風庭園

 今日(11日)は、ポッカリ1日空いたので、勝手に休日とし、久しぶりに妻と山梨県の富士吉田市、山中湖方面に出かけた。富士市とは富士山を挟んでちょうど反対側(北側)に位置する街だ。
 目的は3つ。
  ・富士吉田のうどんを食べる
  ・恩賜林組合の洋風庭園を見る
  ・慶応大学ラグビー部の合宿を見学する

 富士吉田のうどんは、最初に勤務した会社で富士吉田市やその近辺の町や村で仕事をしていた時に、よく昼食に食べに行った。私は、子供の頃から「そば」と「うどん」は好きでなく、まして一人暮らしの学生時代には、ほとんど食べたことがなかった。
 しかし、25歳の頃、上司に連れられて行った富士吉田のうどん屋で天地がひっくり返った。そぼくで腰が強く、みそ味。それに辛子ベースの薬味。当時1杯200円。一発でとりこになり、打合せに出かけるたびにこのうどん屋に通った。だいたいいつも3杯食べた。それでも600円。 
 20代の頃は、山梨の仕事も結構あったので、何十回かは通っただろう。
 その後、パタリと行かなくなってしまったが、ご当地グルメ全盛の時代にあって、今、富士吉田はこの「うどん」で売り出している。実に、市内だけで60軒以上のうどん屋があるそうだ。その頃、そんなことを知っていれば、もっと他の店も食べ比べて歩いただろうに・・・。
 今日は、昨日のうちに宮のナベちゃんに「いい店」を聞いて出かけた。一言「うまかった」。
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つけうどん(他に「肉うどん」も食べた)
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辛子ベースの薬味と天カス
 私と同じように「うどんマップ」を持った見るからに観光客という人もいたが、職場の制服を着た近所の方も多い。

 富士市のご当地グルメって何だろう?前に、製紙工場に長年勤めていた親戚のおじさんに聞いたことがある。「製紙で3交替で働くとき、よく食べて『うまかったなー』って思うものある?」、「特になかったよ」。でも、夜勤で働く製紙工場ならではの、みんなが喜ぶような「富士市の食べ物」って何かあっても良さそうだけど、なかったのかな?

 うどんを食べた後は、街からもっと富士山よりにある「恩賜林庭園」に向かった。恩賜林とは、明治時代に天皇陛下から地元の市町村などで活用するよう所有権が移された森林で、これを所有・管理している恩賜林組合(正式には「富士吉田市外二ヶ村恩賜県有財産保護組合」)の建物前にある庭園だ。
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 実はこの庭園は、20数年前に、私が設計者として担当した庭園だ。私は、自慢にはならないが、造園学科を卒業していながら、チーフ(デザイン担当者)として関わった公園・庭園は2つしかない。その1つ(最後)なのでとても愛着がある。
 当時の組合長は、富士吉田市長であり、「『ベルサイユ宮殿の庭』のようなイメージで設計してくれ」と言われた。まだまだ新米だった私は、何とか組合長の要望に応えようと毎晩遅くまで絵を描いた。工事費5千万円位だったと思うが、予算に合わせるのに苦労した。(その打合せで富士吉田に来るときは、いつもうどんを食べていた)
 今日は、10数年ぶりの訪問だった。妻は「無くなっているかも」などと軽口をたたいていたが、なんと今日は「おんしりん祭り」ということで、庭園や隣接する広場で祭りが開かれ賑わっていた。
 税金や組織のお金を使って、自分のデザインしたものが形になり、その上、20年以上も有効に(?)使われている。こんなにうれしいのは久しぶりだった。

慶応ラグビー部の合宿見学は、またの機会に。

# by koike473 | 2007-08-12 01:22 | 食事・食べ物 | Trackback | Comments(0)