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富士高同窓会と元気な団塊世代

 今日は、富士高の同窓会(富友会)があった。学校全体の同窓会で、私は9年振りに出席した。前回は5年ごとの学年幹事が回ってきた年で、同級生の幹事から頼まれ、仕方なく出席した。
 今回は市議会議員になり、言葉は悪いが「営業」もあって楽しみに出かけた。
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 今年の幹事学年の中心は、私より11年上の皆さんである。昭和22年生まれのいわゆる団塊の世代の方々だ。
 開会のあいさつに立ったSさんは市役所職員だが、NPOふじ環境倶楽部の生みの親とも言えるユニークな方だ。
 「我々は60歳を迎え、『これからどうする?』が同級生の再会のあいさつのようになったが、まだまだ何かに挑戦しながら生きていこう」とあいさつされた。
 あいさつを聞きながら、改めて「今の60歳は本当にまだまだ若いよな」と思う。そういった意味では、NPOコミュニティシンクタンクふじで一昨年から取り組んでいる「シニアインターンシップ事業」・・・定年退職したシニア層の皆さんが、これまでの経験や能力を生かしながら、市民活動や再就職、起業などにスムースに取り組めるよう仲介やバックアップする仕組み・・・が必要だ。
 10月28日(日)には、シニア層の皆さんと市民団体などが顔合わせする「(仮)セカンドライフ ちょっと見学・交流会」を企画している。是非、多くのシニア僧の皆さんにお越しいただければと思う。

 記念講演をされた松浦 節氏(小説家・元富士高校教諭)のお話も、とてもよかった。第26回歴史文学賞を受賞された「伊奈半十郎上水記」を、さっそく読んでみよう。

 同窓会の一環として、デザイナーだった故望月一義氏の作品展が会場で行われた。
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 望月氏はS氏等と同じ幹事学年の方だが、平成14年にお亡くなりになっている。今春、作品展が富士芸術村で開かれることは聞いていたが、ちょうど選挙の期間であり、結局行けなかった。
 小学生の頃からの絵やスケッチ、版画、ポスターなどさまざまな作品があった。中でも中学生時代(何と吉原一中も先輩)に取り組んだ「静岡県の地質調査」のとりまとめ記録には驚かされた。私が中学時代に教わったK先生(今はT中の校長)とともに、県内を汽車で歩き回り、大量の石などを採集し、図解入りでレポートしている。
 飽くなき好奇心と、それを整理し自分なりの形に残す能力は、このような小中学校の子供の頃から培われのだろう。
 帰りに、望月氏の作品を取りまとめた写真集のプレゼントに応募してきた。当選して送られてくるのが楽しみだ。

by koike473 | 2007-08-18 22:44 | 季節・四季・日常 | Trackback | Comments(0)  

慶応大学ラグビー部夏合宿

 11日の山梨行きの最大の目的は、慶応大学ラグビー部の夏合宿を見学することだった。
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 私は学生時代、「ラグビー観戦」にのめり込み、学生ラグビーを中心に秋から冬にかけては、毎週と言ってもいいほど、秩父宮ラグビー場や国立競技場に通った。

 その頃、関東では本城(早稲田)、関西では平尾(同志社)というスター選手が現われ(その上、この2人はルックスも良かった)、現在のサッカーとまでは言わないが、当時のサッカーなど足元にも及ばないほどラグビーの人気は高かった。
 特に関東では、その戦法の違いから「横の早稲田、縦の明治」と言われる早明戦は、毎年国立競技場が満員となる6万人以上の観客を集め、チケットは抽選でなければ買えなかった。
 私はそんな中で、慶応大学のファンだった。早稲田や明治は、高校時代に全国大会で活躍した選手をスカウトし、早稲田は快速の「黄金のバックス」、明治は力づくで押し込む「前へ!のフォワード」が特徴で、有力な選手がゴロゴロいた。
 それに引き換え慶応は、全国大会に出場した選手はほとんどおらず、素人目にも早明に劣っているのは明らかだった。特に、華麗なハンドリングや走力が求められるバックスは素質がものを言うようで、慶応はどの試合を見に行っても、ボールをポロポロ落としてばかりいた。
 しかし、タックルやスクラムは、練習を積み、相手に負けない気迫で臨めば何とか勝負になるとの考えで、フォワード中心のしつこいディフェンスのラグビーが特徴だった。
 バックスには球はほとんど回さず、フォワードが相手ディフェンスにねじ込むように当たっていくスタイルは「片肺飛行」と揶揄されもしたが、気迫を前面にしたラグビーは「魂のラグビー」と呼ばれていた。
 私が学生の間は、全国でも関東でも優勝できなかったが、ロースコアで、最後まで目が離せないナイスファイトのゲームを見せるチームだった。
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昭和59年の早慶戦のチケット。社会人になっており、チケットは買えたものの、仕事で観戦に行けなかったが、この年、関東大学対抗戦グループで慶応は全勝優勝した。しかし全国大学選手権では準決勝で、同志社に「幻のスローフォワード」と語り継がれる2点差(?)で負けた。しかし、翌年、大学選手権を制し、更に社会人NO1のトヨタ自工を破り、日本一に上り詰めた。

 話が長くなったが、そんな素人集団を徹底的に鍛えるのが、「地獄の山中湖」と呼ばれる夏の合宿だ。
 ラグビー部のHPには、「今年の合宿は、『地獄』が復活し、怒鳴り声と泣き声が夜も聞こえてくる」というファンの書き込みもあった。
 しかし、私が行った時間には、「地獄」など無縁の(と言っても甘い訳ではない)、素人の私が見ても極めて効率的で、集中力を切らさないよう工夫されたプログラムの練習をしていた。
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 今年の慶応のバックスは、「大学一」と評判が高い。カラダが大きく、能力が高い選手が多い。9月から始まる公式戦が楽しみだ。

by koike473 | 2007-08-18 00:18 | ラグビー他スポーツ | Trackback | Comments(0)  

わきみず寺 灯籠流し

 今日(16日)は夕方から、妻の実家である法雲寺(まちの駅「わきみず寺」)に出かけた。お盆の最後の行事である「灯籠流し」が行われた。
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 日中は、多治見と熊谷で日本新記録の40.9℃にもなる猛暑だったが、今泉では陽が落ちる頃には雨がパラパラと降り、幾分涼んだような気もした。
 藤田住職(まちの駅の駅長)の読経の中、境内から湧き出す「わきみず」が流れる水路に、檀家の皆さんがそれぞれ灯籠を流す。境内の中だけなので延長70~80m程度だが、先祖の霊に祈りつつ灯籠を流す風景は、日本の夏そのものだ。
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 ところでこの灯籠、ロウソク以外は全て紙でできており、富士市内(の紙加工会社)で生産されているそうだ。こんな風情いっぱいの紙製品を、それこそ「富士ブランド」としてPRしていきたいものだ。
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 また今後は、すぐ近くを流れる田宿川でも、こんな灯籠流しができれば、水辺が一層引き立ち、先祖の供養をしながら、清流を改めて感じることにつながると思う。

 清流と言えば、その水源は富士山の湧き水だが、灯籠流しが始まる前、一口水を飲もうと「湧き水コーナー」に行くと、ペットボトルに水を詰めている家族がいた。
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 話している言葉がなんとなく関西弁なので「どちらからおいでですか?」と聞くと、「奈良から来ました」と言う。「去年の夏休みにたまたま御殿場のホテルに泊まったら、ホテルでこの『わきみず寺』を教えてもらい寄ってもらって帰ったところ、とてもおいしかったので、今年も帰りにこちらに寄らせてもらいました」とのこと。静岡に親戚や知人がいるわけでもなく、たまたまホテルで紹介されたそうだ。
 じわじわと富士山の湧き水と「わきみず寺」が売れていくことはうれしいが、肝心の「まちの駅」について説明することを忘れた!失敗した!

by koike473 | 2007-08-17 00:23 | 季節・四季・日常 | Trackback | Comments(0)  

戦没者追悼式

 今日は終戦記念日。ロゼシアターの中ホールで開催された「富士市戦没者追悼式」に出席した。
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 11:50に開会し、東京・武道館で開かれている「全国戦没者追悼式」の実況放送で安倍首相の式辞などを聴きながら式は進んだ。
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 行政、議員以外の出席者は、遺族会の皆さんが大半だ。
 戦争を体験していない私は、「遺族会」と聞くと、戦争より、昭和46年に岩手県雫石で起きた全日空機の墜落事故を思い出す。やはり夏の暑い日、富士市の遺族会の皆さんが100人以上飛行機に乗っていて死亡した。私は叔父や叔母など、親戚5人が亡くなった。中学1年生の出来事だったが、市営野球場(現在のJA本店)で行われた合同慰霊祭で、並んでいたたくさんの遺影と、多くの人が泣いていた姿は忘れられない。
 こんなことを考えながら、自分を含め、「戦争の悲惨さと平和の大事さ」を「体感」している人がどんどん少なくなっていることを改めて感じた。
 私は昭和33年生まれだが、子供の頃戦争中だった父や母、あるいは軍隊に行った祖父や義父(妻の父)など、直接戦争を経験した人たちから話を聞いているので、おぼろげながらでもイメージできる。
 しかし、これからは私達の子供、孫の世代となるとどこまで伝えられるか?遺族会の皆さんも高齢化するばかりだ。

 そんなことを思いながら追悼式を終え、帰りに1階で開かれていた「2007 平和のための富士戦争展」に入った。
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 沖縄戦や長崎・広島の原爆、宮下地区(富士市)に造られた飛行場の資料や写真、証言記録などが展示されていた。読むとあまりのむごさに息が止まる。
 会場では、かつて戦争に行ったお年寄りらしき方々が入場者に、その悲惨さを語り説明されていた。また、多くの高校生がボランティアで受付や会場説明などを行っていた。
 追悼式で感じた懸念は少しやわらいだが、重い気持ちと、自分はどうしたらいいのだろう?という解決策が見つからない不安いっぱいでロゼを出た。

by koike473 | 2007-08-15 23:33 | 市内外のイベント・行事 | Trackback | Comments(0)  

まちの駅「文化の始発駅」

 12日の午後は、まちの駅「洋菓子の駅」の後、まちの駅「文化の始発駅」(ロゼシアター)に向かった。
 ロゼシアターが「まちの駅」になっているのを知らない人も多いが、「文化・芸術との出逢いの空間」をコンセプトにした、建物だけでなく、その役割も立派に果たそうとする富士市の「文化の始発駅」を目指している。
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 10日から12日まで、1階のロビーで「トレイン・フェスタ/鉄道模型」が開かれていた。その最終日、そろそろ片付けが始まる時間にあわてて飛び込んだが、会場は、まだまだ大盛況だった。
 
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 ロゼも「まちの駅」だが、このトレイン・フェスタの運営メンバーとして、鉄道マニアでもあるまちの駅「憩いの茶の間」(お茶の山大園)の駅長・渡辺さんが関わっている。
 「Nゲージ」などの鉄道模型には、子供たちがかぶりつきで群がっている。どの模型も精巧にできていて、子供たちは、列車の中の客席まで見ようと目を凝らしている。
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 会場には、富士市が導入を目指しているDMV(デュアル・モード・ヴィーグル)の説明ボードも展示されていた。
 この子供たちが成人する頃には、街中をDMVが走り、ロゼシアターには市内どこからでも、バスやDMVなどの公共交通機関か、自転車で安全に来れるようにしなければ。

by koike473 | 2007-08-14 20:54 | まちの駅 | Trackback | Comments(0)  

まちの駅「洋菓子の駅」

 12日は、午前中ジュニアゲートボール大会に出かけ、午後は2つの「まちの駅」に出かけた。
最初は「洋菓子の駅」(洋菓子の家MIMI‐本店)だ。
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 この日は、「極上手もみ茶&洋菓子のコラボレーション」と題し、店内のまちの駅コーナーでお茶の手もみ実演会が開かれた。
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 市内中里で茶園「山平園」を営む平柳さんが極上の茶葉をもみ、「まちの駅」の駅長であり、日本茶インストラクターでもある牧田さんが、お茶を入れ、MIMI‐さんの本日限りのおいしいお菓子とともにいただくという豪華なコラボレーションだ。
 10:00から手もみを始め、私が伺った13:00頃は、まだ途中段階で、見た目にはお茶は「海草」のようだ。しかし、コーナー一杯にお茶のいい香りが漂っており、ワクワクする。
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 牧田さんのご配慮で、事前にそろえていただいた「極上茶」(100gで数万円)3煎とケーキをいただいた。
 1煎目は、甘くお茶の濃いうま味が口中に広がる。家では決して飲めないお茶だ。2煎目、3煎目は、苦味、渋味も楽しめる。その後は、出がらしの茶葉と塩コンブを混ぜ合わせた「お茶うけ」を食べる。これがまたうまい。あったかいご飯に乗せて食べたらいくらでも、という感じだ。
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極上茶の1煎目

 そして、この極上のお茶を飲みながら、牧田さんのお父さんが、前の晩遅くまで考え抜いてつくったケーキをいただいた。クリーム状のケーキを薄くスライスしたモモで覆い、更にムースソースにからめていただく。ソースをからめるので、持ち帰りはできない作品だそうだ。

 私は、次の予定もあったのでバタバタといただいたが、極上のお茶とケーキで、極上の時間を過ごした。
 牧田さんの広いネットワークあってのことだが、「まちの駅」ならではの、業種を越えた楽しく新しい可能性を見せてくれる取り組みだ。

by koike473 | 2007-08-13 23:42 | まちの駅 | Trackback | Comments(0)  

ジュニアゲートボール大会

 今日(12日)は、ゲートボールのジュニア大会が大渕公園で開かれた。私は、本年度から富士市ゲートボール協会の相談役にさせていただいたこともあり、開会式前から会場に出かけた。
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 母が長年ゲートボールをやっており、暇さえあればほぼ毎日、練習や大会に出かけるのを見送ってはいるが、私自身は、初めてじっくりゲートボールを見た。
 そして今日の大会は、小中学生の大会なのである。ゲートボールと聞くと、「なんだ年寄りの楽しみか」と思いがちだが、今日の参加チームだけでも、小学校15校、中学校1校もある。また、ジュニア(小中高校)の全国大会も開かれており、富士市からは毎年県予選を勝ち抜き、全国大会に出場し、過去2回、3位になったことがあるそうだ。
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 開会式の中で行われた「始球式」では、来賓6名が、幅1mほどの巨大なゲートめがけ、5mほどの距離を打った。初めてスティックを握る私は、しっかりと打てず、ただ一人超カンタンなゲートを通すことができなかった。と言うより、ゲートまで玉が届かず、始球式にならなかった。
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 試合を見ていると、さながら「ゲートボールというゲームを通じた世代交流大会」だ。単に玉を打つだけでなく、作戦もいろいろあるようで、普段はご自身が選手である高齢の皆さんが監督や審判を務め、子供たちに作戦を授けたり、判定を下す。また子供たちの父兄は、応援に一生懸命で、多くの世代のそれぞれが主役になっていた。

 母を見ていると、ゲートボールを楽しんでいるおかげで生活に張りを持ち、健康に暮らしていられるのだと思う。
 どこでも、誰とでもできる「生涯スポーツ」を日常的に楽しめるような公園や広場の整備がまだまだ必要だ。

by koike473 | 2007-08-13 00:37 | 市内外のイベント・行事 | Trackback | Comments(0)  

富士吉田のうどんと恩賜林組合の洋風庭園

 今日(11日)は、ポッカリ1日空いたので、勝手に休日とし、久しぶりに妻と山梨県の富士吉田市、山中湖方面に出かけた。富士市とは富士山を挟んでちょうど反対側(北側)に位置する街だ。
 目的は3つ。
  ・富士吉田のうどんを食べる
  ・恩賜林組合の洋風庭園を見る
  ・慶応大学ラグビー部の合宿を見学する

 富士吉田のうどんは、最初に勤務した会社で富士吉田市やその近辺の町や村で仕事をしていた時に、よく昼食に食べに行った。私は、子供の頃から「そば」と「うどん」は好きでなく、まして一人暮らしの学生時代には、ほとんど食べたことがなかった。
 しかし、25歳の頃、上司に連れられて行った富士吉田のうどん屋で天地がひっくり返った。そぼくで腰が強く、みそ味。それに辛子ベースの薬味。当時1杯200円。一発でとりこになり、打合せに出かけるたびにこのうどん屋に通った。だいたいいつも3杯食べた。それでも600円。 
 20代の頃は、山梨の仕事も結構あったので、何十回かは通っただろう。
 その後、パタリと行かなくなってしまったが、ご当地グルメ全盛の時代にあって、今、富士吉田はこの「うどん」で売り出している。実に、市内だけで60軒以上のうどん屋があるそうだ。その頃、そんなことを知っていれば、もっと他の店も食べ比べて歩いただろうに・・・。
 今日は、昨日のうちに宮のナベちゃんに「いい店」を聞いて出かけた。一言「うまかった」。
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つけうどん(他に「肉うどん」も食べた)
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辛子ベースの薬味と天カス
 私と同じように「うどんマップ」を持った見るからに観光客という人もいたが、職場の制服を着た近所の方も多い。

 富士市のご当地グルメって何だろう?前に、製紙工場に長年勤めていた親戚のおじさんに聞いたことがある。「製紙で3交替で働くとき、よく食べて『うまかったなー』って思うものある?」、「特になかったよ」。でも、夜勤で働く製紙工場ならではの、みんなが喜ぶような「富士市の食べ物」って何かあっても良さそうだけど、なかったのかな?

 うどんを食べた後は、街からもっと富士山よりにある「恩賜林庭園」に向かった。恩賜林とは、明治時代に天皇陛下から地元の市町村などで活用するよう所有権が移された森林で、これを所有・管理している恩賜林組合(正式には「富士吉田市外二ヶ村恩賜県有財産保護組合」)の建物前にある庭園だ。
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 実はこの庭園は、20数年前に、私が設計者として担当した庭園だ。私は、自慢にはならないが、造園学科を卒業していながら、チーフ(デザイン担当者)として関わった公園・庭園は2つしかない。その1つ(最後)なのでとても愛着がある。
 当時の組合長は、富士吉田市長であり、「『ベルサイユ宮殿の庭』のようなイメージで設計してくれ」と言われた。まだまだ新米だった私は、何とか組合長の要望に応えようと毎晩遅くまで絵を描いた。工事費5千万円位だったと思うが、予算に合わせるのに苦労した。(その打合せで富士吉田に来るときは、いつもうどんを食べていた)
 今日は、10数年ぶりの訪問だった。妻は「無くなっているかも」などと軽口をたたいていたが、なんと今日は「おんしりん祭り」ということで、庭園や隣接する広場で祭りが開かれ賑わっていた。
 税金や組織のお金を使って、自分のデザインしたものが形になり、その上、20年以上も有効に(?)使われている。こんなにうれしいのは久しぶりだった。

慶応ラグビー部の合宿見学は、またの機会に。

by koike473 | 2007-08-12 01:22 | 食事・食べ物 | Trackback | Comments(0)  

北九州からの客人

 8日に北九州市からお客さんが来た。「NPO法人まちのカルシウム工房」代表の竹内裕二さんだ。
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 3年ほど前、富士市に「まちの駅」のしくみを導入するにあたり、先進地である福岡県に視察に行った。その時、「まちの駅」の仕掛け人である手嶋隆行さん(福岡県職員)に「九州に来たら是非会ってほしい人です」と紹介されたのが竹内さんだ。

 とにかく馬力がある人だ。
 北九州市は、かつては富士市以上の公害の街だった。筑豊炭田を背後に控え、石炭の積み出しや、それを利用した新日鉄を始めとする工場が立ち並び、煙突からは「7色の煙」がモクモクだった。積み出しに使われる港がある海は、その汚さから「死の洞海湾」と呼ばれたそうだ。
 竹内さんは、そこで「まちづくり」を仕事にしている。石炭産業が斜陽化し、商店街も元気をなくしつつある中で、市民の皆さんがどうしたら継続的に自分の住むまちに目を向け、そして楽しく、その再生に関わっていけるか、リーダーとして取り組んでいた。
 歴史的建造物を保存するための市民募金、その建造物を活用した市民活動センター(コミュニティfと同じ役割)の運営、浜辺の再生実験、海辺の清掃・・・・。そして商店主でもないのに地元商店街の正式な副理事長としての活動などなど。

 そんな竹内さんが、今週、東京へ出てくるというので富士に寄ってくれた。せっかくだから、コミュニティシンクタンクふじ(CTTF)の事務局メンバーに、ミニ講演をしてもらった。
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 これまでの取り組みや、今年から大学(東海大学福岡短期大学)の専任講師にもなったので、学生とともに立ち上げた仮想旅行会社とそこでの主催ツアーの企画など、盛りだくさんの話だった。
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 夕方6時から8時間、みっちり2日がかりでいい話が聞けて、できて、力をもらった夜だった。
NPO法人まちのカルシウム工房
http://www4.famille.ne.jp/~honebuto/

by koike473 | 2007-08-11 00:20 | NPO・市民活動 | Trackback | Comments(0)  

富士山検定3級

 以前から今年は「富士山検定」に挑戦しようと思っていた。6月から静岡新聞の3級の紙面検定問題が載っているページを取っておいた。
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 第1回目の問題を見たら
  ・問1 富士山の「お山開き」は毎年何月何日?
  ・問2 富士山の7合目付近で発生しやすい病気は?
  ・問3 B級グルメとして、全国的に有名になった富士宮名物の料理といえば?
  ・問4 2006年ワールドカップ日本代表にも選ばれた富士市出身のゴールキーパーといえば?
 「なーんだ、3級なんてカンタンなもんだ。これじゃあ別に何も準備しなくても楽勝だぜ」。ところが、ところが・・・。
 締切日の8月10日が近づき、3、4日前から改めて問題を見始めた。
  ・問5 日本で一番最初に世界文化遺産として登録されたのは?
  ・問9 富士山の山頂から初めてスキーをした人物は?
  ・問11 「日本の渚百選」に選ばれた富士五湖の場所は2カ所。「河口湖・留守が岩浜」ともう一つは?
  ・問12 富士山の火口は山頂だけでなく、側火山の火口が山腹や山裾にもあるが、どの位の数の火口があるか?
 「おいおい、こりゃあ困ったぞ。わかんない問題ばっかりだ」。一通り目を通したら、100問中、64問がわからなかった。
 一昨日あわてて「富士山検定公式テキスト」を買ってきて、問題とテキストの目次を見ながら、関係がありそうなページを捜すが、なかなか答えが見つからない。
 まして、
  ・問70 湖から見える「ダイヤモンド富士」が物語の鍵となった映画「シュガー&スパイス」。その主演を演じ、「誰も知らない」でカンヌ国際映画祭で日本人最年少の最優秀男優賞を受賞した俳優は?
なんて、テキストにも出ていないし、映画をろくに観ないオジサンにはチンプンカンプンだ。
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 テキストでもわからない約20問は、インターネットで検索。
 「柳楽優弥」君はかわいい高校生だった。
 そしてなんとか今日、速達で投函できた。(締め切りの10日必着には間に合ったはず)
 でも
  ・問62 富士山の宝永噴火の49日前に起きた地震は?
 答えは「東海地震」だが、こんなことは今まで知らなかったし、調べたら東海地震はこれまでに発生した日本最大級(マグニチュード8.6)の地震で2万人が亡くなり、宝永噴火の引き金になった地震だそうだ。
 この2、3日で随分「富士山の物知り」になった気分だ。
 でも3級でこれじゃあ、11月にある2級の試験が思いやられる。
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8月9日朝の富士山(富士見大通り(新富士駅から北に向かう道路)と旧国道の交差点付近から) この季節、朝早くはいいけれど、昼前から雲が出て富士山がちゃんと見える日は少ないよ。

by koike473 | 2007-08-10 00:05 | 季節・四季・日常 | Trackback | Comments(0)