2008年 08月 06日 ( 2 )

 

吉原商店街振興組合で視察 飯田市(長野県)

 飛び飛びで申し訳ないが、吉原商店街振興組合の視察2日目(7月16日(水))の報告。
 この日は、長野県飯田市だった。
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飯田市は「人形劇のまち」としても有名だ

 飯田市は、5月に議会で私が所属する会派で視察に行ったが、私は「悪性の風邪」で行くことができなかった街だ。
 富士市からは、直線距離では90kmだが、電車でも車でも4~6時間はかかるところで、「もう行くこともないだろうな」と思っていただけに、ラッキーだった。
 長野県の南端に位置し、浜松に流れる天竜川の中流部にある人口10万人の地方都市だ。

 視察の受入れをお願いしたのは、「㈱飯田まちづくりカンパニー」だ。タウンマネージメント吉原と同じTMOだ。
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まちづくりカンパニーの事務所。昭和20年代の大火により、飯田市街地はほぼ全体が焼失したが、昔ながらの土蔵だげが残り、現在は、土蔵を活かしたまちづくりが展開されている。

 しかし、タウンマネージメント吉原が「企画調整型」、つまりハード事業は行わず、計画づくりやイベントなどのソフト事業を中心に行うのに対し、飯田まちづくりカンパニーは「事業型」、つまり行政、企業、市民などが出資してつくる第3セクターとして、再開発事業も自ら手がけていく組織という点に大きな違いがある。
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 飯田まちづくりカンパニーのコンセプトは「まちづくりのマルチカンパニー」で、以下の4部門を大きな柱としている。
 ・シンクタンク部門・・・中心市街地再生の調査・研究・企画
 ・事業部門・・・自らが再開発の事業主体となる
 ・プロデューサー部門・・・民間の事業投資を支援・アドバイス
 ・直営店の出店、イベントの企画・実施など
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 説明いただいた取締役事業部長の三石氏は、たんたんと説明したが、「どうしてこの短期間にこれだけ事業化できたのか」と驚くばかりだった。
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 これまでに計3棟の再開発ビルが完成し、どのビルもしっかりテナントが入っている。
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 うち2つは法定再開発だ。市役所、市立美術館、地元信用金庫本店など、確実な公的機関が床を買っている。また高層部のマンションは、前日に行った柏崎同様、飯田市で最初の都市型マンションで、ほぼ即日完売だったそうだ。
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 またもう1つは、都市計画上の位置付けはないが、「優良建築物等整備事業」を活用した再開発ビルだ。公的機関はないが、民間の健康・福祉サービス企業やケア付き高齢者賃貸住宅などが入っており、これは建設前から、いわばキーテナントとして決まっていたはずだ。

 また、街を歩くと、いわゆる「空き店舗」がとても少ない印象だ。道路を通行する車や人は少ないが、中心市街地の商店街はシャッターが目立たないのだ。
 南信州・伊那谷地域の中心都市だからだろうか?
 確かに、地域の中心都市の中心市街地だから、そこに公的機関が集中し、床を買いもしただろう。
 この疑問は解けないままだ。
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リンゴ並木で説明する三石氏

 三石氏は、「私たちは、ただ中心市街地活性化基本計画に沿ってそれを実行しただけです」と何の気負いも見せずに言う。
 そして、「成功事例を目の前で見た隣接街区の人達が、『今度は俺のところを』と言ってくるので、次の仕掛けを考えているところです」
 しかし、再開発全体の調整を行ったり、また再開発組合員の一人、つまり権利者の立場から意見を言うなど、実際にはかなり気を使う大変な仕事をされているはずだ。

 ㈱飯田まちづくりカンパニーの出資者は、40名だ。内訳は、飯田市30,000千円、日本政策投資銀行20,000千円、地元金融機関40,000千円、地元会社・企業88,000千円、個人29,000千円、商工会議所5,000千円、計212,000千円だ。
 専従社員は、三石氏をはじめ4名いるが、いずれもこのような仕事は初めてで、全員地元飯田市出身者だそうだ。
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土蔵を活かしたカフェや土産物店
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 わずか3時間弱の視察で、深い話を聞くことはできなかった。
 しかし、3セクの資本も地元の方々が出し、専従社員も地元の方々という、「逃げられないギリギリのところでやっている」ことが、求心性を高め、事業推進の原動力になっているのではと感じた。

 柏崎、飯田とも、その実行力に驚くばかりだった。
 しかし、こうやって自分なりに文章にまとめてみると、「よくわからない」、「もっと聞いておけば良かった」と思うことがあまりにも多いことがわかる。
 今度は、チャンスがあれば、是非、両市から講師として富士市に招き、改めて掘り下げた勉強ができればいいなと思う。

by koike473 | 2008-08-06 22:24 | まちづくり・都市計画 | Trackback | Comments(1)  

第五次総合計画策定にあたっての地区別説明会

 2日(金)の晩は、伝法まちづくりセンターで開かれた「第五次富士市総合計画の策定に関わる伝法地区説明会」に出席した。
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 なぜ伝法地区の?と言うと、この地区説明会は、7月中旬から8月初旬にかけて市内全地区で開催されている。
 私が住む今泉地区は7/22にあったが、この日は私が部会長を務めるTMOの講演会があり出席できなかったため、8/2の伝法地区の説明会に出て様子を把握しようと思った次第だ。
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 市町村の「総合計画」は、向う10年間程度(計画対象期間は、自治体によって異なるが、多くが10年、もしくは15年)の長期的な自治体のまちづくりの目標・方向性を定める最上位の行政計画であり、地方自治法において策定が定められた重要な計画だ。
 通常、「基本構想」と「基本計画」、「実施計画」の三層構成で策定される。

 基本構想は、10年間の目標を明示する。この基本構想が議会の議決対象になる

 基本計画は、目標達成のための施策の方向を明示する(10年、あるいは前期5年、後期5年の2期に区分)

 実施計画は、基本計画に基づき、毎年向う3年間を対象に見直しをしていく

という形がスタンダードだ。

 計画策定に当たっては、当然、その期間の財政的な収支の裏付けが必要となる。
 また、最上位の行政計画であるがゆえ、策定時の首長の意向がかなり反映されるが、その首長が次の選挙で落選し、異なる主張を持った新しい首長が就任すると、2~3年前に前首長時に策定した総合計画は宙ぶらりんなものになる。
 「あれは、前の首長が策定したものだから」と、当初の見直し時期になる前に、さまざまな理由をつけて基本計画を前倒しで見直し、新しい首長の考え方が大幅に盛り込まれ、ちぐはぐな「総合計画」になるケースも時々(?)ある。

 私は前職で、この「総合計画」の策定を、仕事として集中してやっていた時期がある。
 平成の最初から平成7年位までだ。
 県内の5つの市町の計画策定を担当した。
 しかし、その後、自分自身の「総合計画」に関する考えがずいぶん変わった。
 それまでは、仕事=委託事業としてしか総合計画を考えていなかった。しかし本来、総合計画の策定は、その自治体が直営、つまり役所の職員が手作業で行うべきものだと考えるようになった。
 と言うのは、総合計画の策定作業は、これまでの行政の進捗状況や課題をチェックし、これからの長期的なまちづくりの目標やそのための事業を検討、整理するが、それを委託に出してしまうと、
 ・行政の運営主体である職員が、行政の進捗状況を総合的に把握できない
 ・全体的、長期的な観点から自分が携わる業務の位置付け、目的を改めて見直すチャンスを逃してしまう
 ・市民の皆さんと意見交換しながら策定するが、それをコンサルがやれば、職員は生の市民の声を聞く機会がなくなる
 ・結果として、策定された総合計画は、職員にとって本来「仕事のバイブル」となるべきものだが、机の片隅に積んでおくだけの書類に終わってしまう
など、せっかく時間と手間をかけて策定する計画が身にならない場合が多いと感じたからだ。
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 そうした意味では、富士市は以前から直営で策定に取り組んでいる。
 また、市内に26ある「まちづくり推進会議」(富士川町含む)の中で、住民参加で各地区の課題やまちづくりの目標について検討していくのは、意義があることだ。
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 伝法地区では、市企画課職員が帰った後、地区としてどのような進め方で提案をまとめるか、出席者からさまざまな意見が出て、とても興味深かった。また、このような議論をしたこと自体が、総合計画に関する意識付け、思い入れにもつながると思う。

 ただし、自分なりに策定方法などについて、疑問点も感じた。
 そのあたりは、9月議会で市当局に投げかけをしていきたいと思う。

by koike473 | 2008-08-06 00:04 | まちづくり・都市計画 | Trackback | Comments(0)