今泉の「善得寺まつり」

 昨日(9日)は、今泉地区まちづくり推進会議主催の「第19回 善得寺まつり」があった。
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 善得寺は、戦国時代に今川氏の保護のもと栄えた寺で、現在の今泉の寺市場、市場等の町内全域くらいが境内の大きな寺院だったようだ。
 そして、駿河の今川義元、甲斐の武田信玄、相模の北条氏康が平和同盟となる「3将会盟」を行った寺でもある。
 当時のことは、まだ解明されていない部分も多いが、善得寺があったことは事実で、その場所の一角を、市で「善得寺公園」として整備した。
 おそらく(?)、それを記念するとともに、地区の歴史を皆さんに伝え、交流を深めることを目的に始まったまつりだと思う。

 ちなみに、善得寺は明治時代に廃寺となり、近くの法雲寺に吸収された。そんなこともあり、まつりの最初に行う供養祭では、法雲寺の住職(私の義理の弟になる)がお経をあげる。
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 今年は、住職の息子(藤田至道(しどう)と言います・・・本名です)も鐘を鳴らす役目で参加した。
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 供養祭の後、舞台を移し開会式となったが、とにかく天気が良すぎて、南向きの舞台からはとてもまぶしかった。
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 子供たちの寸劇(江戸時代、田宿川の水を田に引き込むために、水門「せぎわく」を造った中村三郎衛門の話)に続き、様々な舞台プログラムが行われた。
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 私は、葬儀があったので途中で失礼したが、今泉は歴史ロマンいっぱいの地区だ。
 この善得寺、せぎわくだけでなく、源平合戦の平家越、そして現在調査中の六所家と東泉院にまつわる「富士講」、「修験道」の歴史などなど。

 議会でも何名かが質問しているが、富士市には、富士山世界遺産登録準備のための文化遺産構成要素が、1件も認められていない。
 こんな点からも、専門家による歴史の掘り起こしと、今生きている我々自身が地域学習を進め、「自分達の富士山」という思いを強くする必要があると思う。

by koike473 | 2008-03-11 00:45 | 今泉 | Trackback | Comments(2)  

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Commented by 白落天 at 2008-03-11 07:37 x
今川義元が駿河で、北条氏康が相模だよ。
ここを間違っちゃ、マズイっすよ。
Commented by koike473 at 2008-03-11 08:10
本当にマズイっすね!(ポリポリ)
法雲寺の住職や前住職(義父)に怒られそうです!
ありがとうございました。早速直しました。

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