村山浅間神社と富士山登山道

 この間の日曜日(2日)は、富士宮の村山浅間神社に行ってきた。
 10:00から、富士宮市山宮の県営ソフトボール場で女子ソフトボールの日本リーグの試合(第1試合)を見た後、国道469号(富士南麓道路)を通り、旧村単位で言えば隣接する富士根村にある神社に寄った。
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 8月25日に、「富士市まちの駅ネットワーク」などが開催した「富士市発!富士山を学ぶ市民フォーラム」で、市立博物館学芸員の井上氏が発表した「村山口登山道の現状について」という講演で興味を持ったからだ。

 村山浅間神社は、富士市から見れば、国道469号を大渕から富士宮方面に向かい、拡幅整備された区間が終了する手前の右側(富士山側)にある。

 富士山は古くから信仰の山でもあり、鎌倉時代から修験道が盛んになり、村山浅間神社はその拠点だったそうだ。そんな関係で村山口登山道が開かれ、江戸時代初期までは最もポピュラーな富士山登山道だったようだ。
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 修験道とは「山へ籠もって厳しい修行を行う事により、様々な「験」(しるし)を得る事を目的とする神仏が融合した宗教である。修験道の実践者を修験者または山伏という。山を神として敬う古来日本の山岳信仰と神道、仏教、道教、陰陽道などが習合して確立した日本独特の宗教である。奈良時代に成立したとされる。開祖は役行者(役小角)とされる。」とウィキペディアにある。

 興味を持った一番の理由は、この村山登山道は、出発点が吉原宿(現在の吉原でなく、一番最初の宿であった元吉原)だったことだ。
 鈴川海岸沿いの「富士塚」をスタートし、東海道、東海道西木戸(新追町)、三日市浅間神社、伝法、厚原、杉田を経て村山浅間神社、そして富士山頂というルートだったらしい。標高0mから3,776mの最も高低差がある富士登山道だ。
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 現在の村山浅間神社は、かつての隆盛振りは見られず、大きな杉木立の中に埋もれている感じだ。
 少し上ったところに、数年前から、地元の方々などが中心となり整備を進めた石畳の登山道区間がある。しかしこの区間から上は、私有林と国有林地帯であり、現在は入ることができない。
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 富士山の世界遺産登録は、「文化遺産」を考えており、村山浅間神社や旧村山登山道は、大きな文化遺産だろうが、その正式な解明にはまだ時間がかかりそうだ。
 私が住む今泉の上和田にある六所浅間神社(旧・東泉院)も、村山浅間と並ぶ富士山修験道の拠点だったようで、現在、その調査が行われていて、調査結果の発表が楽しみだ。

 近いうちに、ルートがはっきりしている鈴川の富士塚から村山浅間までの「富士市内登山ルート」を一度歩いてみたい。

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今朝の富士山・・・市役所9階の議会図書室から
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ちなみにここが議会図書室です。

by koike473 | 2007-09-05 23:01 | 観光・シティプロモーション | Trackback | Comments(0)  

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