「富士山4階建て説」とは?

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 夕べは、今泉地区まちづくり推進会議主催の「まちづくり講演会」に参加した。
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 笹ヶ瀬卓二氏(すどふるさと愛好会事務局)による「富士市の自然 ~地形と地質~」と題した講演だった。
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 笹ヶ瀬先生は、長く市内の小中学校で教鞭をとられた。
 私も中学校(吉原一中)時代、1年生の時に担任ではなかったが、いろいろ教えていただいた。
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 また、講演の最初にご自身のプロフィールを話された中では、大学を卒業され赴任した最初の学校が吉原二中で、当時は4年間、御殿(今泉地区の町内名)に下宿していたそうだ。
 そんなことで、講演の中では今泉の細かな地名がポンポン出てきて、聞いている人は身近に感じたはずだ。

 講演は、火山である富士山の話を中心に、最近の地質学の研究で新たにわかってきたことを何点かお話いただいた。
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 一つ目は「富士山4階建て説」だ。
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 これまで富士山は、古い順に小御岳火山、古富士火山、新富士火山の3回の噴火でできたと考えられていたが、小御岳火山の前に「先小御岳火山」とも言える数回の噴火活動があったことが報告されているそうだ。
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 つまり、これらの噴火の前に、何回か噴火していたわけだ。

 そして二つ目は、「勢子辻での山腹噴火の確認」だ。
 新富士火山(現在の富士山)の噴火は、最後の「宝永の噴火(1707年)」は別にして、西暦900年頃の「大渕丸火溶岩流」を流した噴火であり、それは標高900m以上の場所での噴火だと考えられていた。
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 しかし、近年の航空写真を赤外線で分析する手法の発達で、勢子辻集落付近(標高750m)でも噴火があったことが確認されたそうだ。
 先生曰く「平安時代の勢子辻の人々は、間近で噴火を見ていたはずです」。

 しかし最近の地質学の進展は著しいので、まだまだこれからも通説を塗り替える新しいことが発見されることがありそうだとのこと。
 そんな新説をまた伺ってみたいものだ。

by koike473 | 2010-12-21 23:21 | 視察・研修・勉強会 | Trackback | Comments(0)  

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