夕張市の視察を通じて感じた「自治体の今後」 その1

 今日は、7~8日に視察で伺った夕張市(北海道)の話。
 ちょっと(ずいぶん?)長くなりますが、2回に分けて書きますので、是非読んでいただきたいと思います。

 夕張市は、かつては「夕張炭鉱」、近年では「夕張メロン」で有名だが、平成18年に巨額の赤字が表面化し、翌19年に財政破綻した自治体として知られるようになってしまった市だ。
 私が何度か参加した財政の研修では、この夕張市の事例がいつも紹介され、財政破綻の理由は「第3セクターで設立した観光施設への過剰投資・融資」と説明される。
 しかし、実際に夕張市を訪問し、それ以上に根深く、富士市をはじめとする全国の自治体がそうなってもおかしくない「背景」を知った。

 視察に同行し説明いただいた青木隆夫氏(夕張地域史研究資料調査室室長、元夕張市の学芸員)やNPOゆうばり観光協会(高村健次理事長)の皆さんとのヒアリングの中で強く感じた次第だ。

 青木さん
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 NPOゆうばり観光協会でのヒアリング。「黄色いハンカチ」は夕張の象徴だ。
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 夕張市は「炭鉱の街」だ(った)。
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 最盛期の昭和35年には、17箇所の炭鉱があり、人口は117,000人を数えた。(現在はその1/10の11,600人)
 南北35kmの広い市域を有し、炭鉱を中心に、それぞれ人口1~2万人の7つの地区から成り、各地区に小中学校がそれぞれあった。
 また、住宅(家賃)、水道、電気、ガス、風呂、病院までほとんどの生活インフラは炭鉱会社が所有し、従業員には無料で提供し、市にも多くの税収があった。
 映画館は市内に17館もあったそうだ。(それらの記憶が「夕張映画祭」につながっているのかもしれない)

 それが「石炭から石油」へのエネルギー革命の進展により、炭鉱が次々と閉鎖された。
 炭鉱会社は夕張を去った(倒産した会社も多い)が、従業員の皆さんはそのまま夕張に残った人も多く、市は炭鉱会社から住宅、水道、病院などを買い上げ、市営住宅(4,000戸)、市の上水道、市立病院として運営してきた。
 赤い屋根が市営住宅
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 市立病院が公設民営化された夕張医療センター。ここの「予防医療」の考えに基づく取り組みが全国的に注目を集めているそうだ。
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 既にその段階で、大きな赤字を背負っていた。
 しかし当時の市は、「炭鉱から観光へ」を合言葉に、次々と観光施設を建設し、それによって活性化を図ろうとした。
 開園当初は、もの珍しさもあり、多くの人が訪れたが、行政では再投資(施設やソフトのリニューアル)がなかなかできない。
 開園当初の「石炭博物館」の周辺の賑わっている写真
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 現在の石炭博物館の遠景
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 ほとんど稼動しなかったという「めろん城」(メロン加工施設)
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 以前聞いた「リゾート施設の運営は『麻薬』のようなものです。常に打ち続け(リニューアルし続ける)なければ、破綻は目に見えています」という話を思い出す。
 そんな背景もあり、「粉飾」とも言える会計処理をせざるを得なくなってしまい、最終的に破綻してしまった。

 つまり、観光施設への過剰投資以前に、炭鉱の閉山に伴う「産業の空洞化」と「過大なインフラ維持負担」により、既に財政破綻への何歩目かを踏み出していたように感じる。

 続きは明日アップする予定です。

by koike473 | 2010-05-16 23:16 | 視察・研修・勉強会 | Trackback | Comments(0)  

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